【登山記】高尾山 素晴らしい日の出と富士山
fatde123
飛山
最近、中山道六十九次の本を読んでいる。非常面白い。いつかは歩いて走破してみたいと思っている。日本橋から板橋宿において、気になる場所があった。
徳川慶喜屋敷跡である。徳川最後の将軍である慶喜。
| 年(西暦) | 年号 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|---|
| 1837年 | 天保8年 | 0歳 | 江戸・水戸藩邸にて誕生(父:水戸藩主 徳川斉昭) |
| 1847年 | 弘化4年 | 10歳 | 一橋家を継ぎ「一橋慶喜」となる |
| 1858年 | 安政5年 | 21歳 | 将軍継嗣問題で敗北(井伊直弼により政治的失脚) |
| 1862年 | 文久2年 | 25歳 | 将軍後見職に就任 |
| 1864年 | 元治元年 | 27歳 | 禁門の変後、政権中枢で実権を握る |
| 1866年 | 慶応2年 | 29歳 | 第14代将軍 徳川家茂が死去 |
| 1867年 | 慶応3年 | 30歳 | 第15代将軍に就任 |
| 1867年 | 慶応3年 | 30歳 | 大政奉還を実施 |
| 1868年 | 慶応4年/明治元年 | 31歳 | 鳥羽・伏見の戦いで敗北、将軍職辞任 |
| 1868年 | 明治元年 | 31歳 | 謹慎処分、駿府(現在の静岡市)で隠居生活 |
| 1872年 | 明治5年 | 35歳 | 謹慎解除(引き続き静岡で生活) |
| 1897年 | 明治30年 | 60歳 | 東京・巣鴨の屋敷(旧徳川家屋敷跡)に移住 |
| 1902年 | 明治35年 | 65歳 | 公爵に叙せられる |
| 1913年 | 大正2年 | 76歳 | 東京・巣鴨の邸宅にて死去 |
当時の巣鴨は、
👉目立たず、騒がれず、干渉されない場所
これは慶喜の性格に完全に合致していた。
巣鴨周辺には、
👉
「新しい東京」ではなく、「かつての江戸の延長線」
慶喜はあえて“徳川色の薄い都心”を避けたと考えられる。
巣鴨は、
慶喜はここで
👉 巣鴨は **「元将軍」ではなく「近代人・徳川慶喜」**として生きるための場所。
徳川慶喜が巣鴨に住んでいたのは、明治30年から明治34年までの4年間であった。
その後は文京区小日向に移る。その理由は巣鴨邸の直ぐ近くに鉄道ができるため、その騒音を嫌ってのことであった。
以上